双子の弟であるテツシが今夕に自宅で死去。
僕と5歳下の兄の方が、今年二月に永眠したばかりでした。
双子の運命たるや、こうも直近で後を追うように逝ってしまうものかと不思議
な気がしている。
サイパン島に教師として赴任していた父が、戦中に生まれた双子の子に「戦争
貫徹」を意味しているのか、貫志と徹志と命名した。当時の軍国教育のなかで
は死を覚悟して初志貫徹は本気で全うするところであったであろうと想像して
いる。
二人が生誕して間もなく敗戦になり、その後の丸々80年の人生を自分の名前に
惹きつけて考えてみたことがあったかどうかは知らない。
弟は横浜の中堅商社に就職していた時代に、東京のわが家に遊びに来ることが
たまにあった。その当時、彼は自動車免許取りたてで、新車カローラを運転し
て颯爽とやってきた。僕は未だ免許を持っていなかった昔の話。
その日、軽々しく日光の華厳の滝と東照宮へドライブを所望したでのあった。
夜通し走ったクルマ旅であったが、いろは坂の途中でエンストしてしまった。
弟は、ボンヘッドをあけてエンジン回りを点検するが原因がわからず、一人で
悪戦苦闘。結局、電気系統の応急処置でなんとか中禅寺湖に夜明けにやっと辿
り着く。
詳しくは藪の中だったが、自家用車の運転は試乗して数日しか経っておらず、
初歩的ミスだったようだ。上京していた岸野お祖母ちゃんが一緒に乗車してい
て、彼が無口だったのは皆を不快にさせたくないという気づかいだったと思う。
一事が万事、気持ちの優しい弟でした。 おやすみ─。

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