大槌町を訪れるたびに、がれきが取り除かれた原っぱにノボリが立つ「大槌復興
食堂」に寄っていた。白テントからプレハブに変わったが、、、。
寄るたびに、あの津波で街ごと消失した被災者の皆さんだろうかと思うほど、大
きな声が飛び交う凄いエネルギーを肌で感じてきました。
その中心で仕切っていたのが、「ケイコ母」と慕われるようになった映像(先日の
NHK特番)の女性であることを知りました。
その「復興食堂」は昨年12月に嵩上げ予定地域になり、撤去させられる。そして
違う場所に借地して再起を夢見る。
彼女が再開にこだわるわけは、被災で親を亡くして無気力で閉じこもりの状態を
突破するキッカケが、被災数ヵ月後に夫婦でオープンした「復興食堂」であったよ
うです。
3・11から2年、3年経過するなかで、復興支援補助金は打ち切られ、建築資材
は高騰するは、確保した厨房機材も傷んでくるし、着工も大幅に遅れ、厳しさが
つのってくる現実だったようです。
ただただつっぱしてきたが、次第に家庭経済の収支が崩れるのが分かる。
そして今では、当面再開は諦め、ご主人は地元の水産加工会社に就職して富山
での研修出張を決断することになる。
「復興食堂」を支援してきた東京からのボランティアや常連客との、有形無形の
交流による絆は強く、未来進行形で残る。
「復興食堂」、祭りのあとの静けさのなかに、復興はすすんでいるようで、厳しい
現実が突きつけられている心情が伝わってきた。
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