2017年12月25日月曜日

江夏の自伝に衝撃          1966

江夏のサインボール/曉&祥へ
「日経新聞」文化面の「私の履歴書」という名物連載に、12月1日から江夏豊の
自伝がスタートして最終に近づいている。

自分で江夏本(『江夏豊の」猛虎かく勝てり』)をつくったし、彼に関わる大概
の本や雑誌も読んできた。
が、今回の自伝は毎日読むのが楽しみだが、衝撃的な告白も多いのにビックリだ。
母親から、父親は「豊が小さいときに死んだ」と教えられていた実父との対面話
は、『左腕の誇り』や『善と悪』ですでに語られていていたし、家族や母親、異
父兄二人のエピソードも知っていた。

ドラフト1位で阪神タイガースに入った江夏のプロデビュー戦は1967年。
そのときの監督は、藤本定義。
その入団から、9年連続2ケタ勝利。6年連続最多奪三振、とにかくこの剛速球
三振奪取は、観ても聴いていてもワクワク感があった。
「江夏の21球」は、話題性があって有名だが、ボクは、シリーズの134試合
(現143試合、メジャーは162試合)の条件のもとで、401三振まで未踏の記録
を伸ばして終えた圧巻を知っている。
この数字がいかにすごいかと云ううことは、この年、49試合に登板、37試合に先
発し、8完封を含む26完投。25勝12敗で最多勝のタイトルを獲得した「完全燃焼」
でわかる。
さて、月末の最終章は、、。

(←ブログ:2017・9・21 「浜風に一喜一憂若き日々 江夏豊」1870)

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