2020年10月9日金曜日

一枚の写真との対話         2986

「無用の用」より
 無作為に袋に入れた写真を整理していて、昔のものを取り出した途端、数少な
い父の写真がでてきた。
父の師範学校時代とその前後の写真帳は、事情あって僕の手元にはない。
若いころは家のことを考えてみることはまれで、写真などにもあまり関心がな
くて、いい加減に扱っていたと云うことか。

出てきた写真のなかでも、サイパンの二枚が気になる。
その一枚は、ヒビスカスとバナナが植わった「教師の家」の中庭で腰掛けた、
白い襟のたったキリっと引き締まった制服姿で、まえに刀を携えこちらを向い
ている。
サイパン島に渡って間もないときに撮って母に送ったものだろうか、、。
未だこのときの南洋の海は、静かで湖水のようだと、書き送ってきている。
じっとこちらを見つめるこの写真は、このとき2歳になったばかりのぼくの次
なる人生にむけて、親父は何かを語っているようにも感じてしまった。
一方で師範学校というお国のための教育を十分に吸収し、サイパン島まで行っ
ているので疑いなく御国のためと教鞭をふるっていただろう。

表情ひとつ変えることなく見つめたままの親父との対話は永続だ。

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