2014年3月9日日曜日

いまふたたびの「でん八」          574

菊池Yさんの寄稿から──35




 もうかれこれ40年も前のことだ。例によって新宿西口の小便横丁でしこた
酎ハイを飲み、歌舞伎町に繰り出した。いつだってまっすぐ歌舞伎町に向か
うことはなかった。当時私たちにとって、いや私にとってというべきか、「で
ん八」は高級な居酒屋で、千円で死ねるという安酒場で下地を作ってから出か
けるのが常だった。しかし下地の作り方が意外に難しい。小便横丁の店もなじ
みなので、ついつい飲み過ぎしてしまい、「でん八」に行く頃はもうへろへろ
なんてことも珍しくなかった。ま、そのほうがフツーだったかも。

 そんなこんなであの日もへろへろで行ったのだった。で、常連の芸大出の
家達と遭遇。そのなかに相性がよすぎて挨拶がわりにどちらからともなくつ
いつい喧嘩をしてしまう男がいて、やはり展開は定番のコースをたどり、「表
に出ろ!」とあいなった。「でん八」の表、といっても「でん八」は二階に
ったので正確には店を出て階段を下りると、目の前に猫の額ほどの小さな公園
(しかし歌舞伎町公園と立派な名が!)があり、こわいお兄さんたちがよくた
むろしていた。
で、芸大出の男との喧嘩だが、なんとその男は階段で足を踏み外し自滅してし
った。私はというと、急に相手が目の前から消えてしまったものだから、勢
いをどう処理したものかわからぬまま、公園へ。たちまちこわいお兄さんたち
にとっつかまり、殴られるわ、蹴とばされるわ、、、。

 あーあ、40年も前なのに思い出すだにトホホだ。結局、わたしは腕の骨を
り、都立大久保病院に入院したのだが、手術が終ってすぐのことだった。カ
ーテンを開けて、ひょっこり「でん八」のアニキが顔をのぞかせた。そして、
ばかだなあ、おまえ」と一言口にして、「見舞いだ」と新聞紙で包んだ一升
瓶を床頭台の上にどんと置いた。店で出している菊正宗だった。

 郷愁でこんなことを書いているわけではない。当然のことだが、長く生きて
ると新宿への関わりにも起伏がある。街の熱さが鬱陶しくなったり、思いが
ていた時期もあった。しかし、今は違う。釜石生まれのわたしに震災は、
なにか突きつけてくる。じっとしていられなくなってしまった。そうなってく
ると私の中でにわかに「新宿」が浮上してきたのだった。国が怪しげな「善」
を主張する今、だまっていられるもんじゃない。
私の中でふくらむ「新宿」の中心には、今も「でん八」がある。
                              菊池Y

0 件のコメント:

コメントを投稿