久保田Tさんの寄稿から──29
今から、三十三年前、昭和五十六年の秋、快晴の秋空のもと第一回皇居マラソ
ン大会が、「でん八」マスターの松尾明弘氏の号令で無謀にもスタートした。
皇居一周5キロメートルの道程、スタートとゴールは桜田門の設定で走者数は42
名、大会の世話人、冷やかし応援組などを含めると総勢60名を越す集団であっ
た。スタートは午後2時半、優勝者は、レストラン・スンガリの幸川賢悟氏(33歳)、
タイムは21分28秒であった。この酔人達のマラソン大会、きっかけは「そのに」で
の酔客の走力自慢の戯れ言から始まった。そもそも神楽坂の我が梟工房の迷者
七、八人で気まぐれに九段から皇居一周をはばかりながら競争したことを大げさ
に口走ったのが愚行の発端であった。何だかその時マラソンの話で盛り上がった
ようで、折りしもスポーツの秋、誰ともなくマラソン大会をやろうということになって、
「でん八」協賛「皇居マラソン大会」なるイヴェントを決め、よせばいいのに僕が世
話人を引き受けた。
この世話なるものが大仕事、先ずは、大会案内のチラシ作りに始まり、皇居管
理事務所、丸の内警察へ皇居広場、道路使用の許可の申請、続くは愚輩行きつ
けの居酒屋を廻り大会のチラシを配布して参加者をつのり、賞品、景品の買付け
などなど極楽トンボの行状。
さて、この大会、参加ランナーは前夜したたか呑んで酒びたり、その上に根っか
らの品性で負けず嫌いの面々、賭けて走る輩もいて思いのほか盛り上がっていた
ように思い出される。記録を省みれば齢54歳から小学二年生までさまざま、独協
大学・根本ゼミの学生諸君の協力が欠かせられなかった。これを皮切りに、第二
回から名称をおこがましく「東京マラソン団」として春と秋の年二回開催、六年間の
十二回大会で打ち止めとしたが、よしや大会を通して死人が出なかったことは不
思議であった。
当時、皇居周辺でのランニング姿の人影はまばらで我々のような集団でのラン
ニングは奇異に映っていたのか某メデイアが取材に来たほどで今日日老若男女
のジョキングとかの衆の賑わいとは程遠く、我等「でん八友の会」なる「東京マラソ
ン団」が皇居マラソンのはしりだと思うと何だか愉しい。大会を終えて、いざ皇居
周辺の公園での打ち上げの飲み会は格別で、思えば酒を旨く呑むためのマラソ
ン大会であったようで「でん八」五十年の歴史に花を添えたのではと自負している。
「でん八」といえば新宿、新宿といえば「でん八」。傳八グループでの酔狂な数々
の思い出は尽きない。
省みる三十余年の冬至かな 久保田T

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