大谷Yさんの『新宿・でん八物語』(仮)への寄稿から──32
1964年開業、そして50年、というのはすごい。わが青春のすべてより長い。
その青春のちょこっと、いやいやいっときの相当部分が「でん八」と重なる。
ちゅうさんの時代、早い時間に店に行く。ちゅうさんがいる。まだ客を待ってい
る風ではない。カウンターに座る。ちゅうさんが話始める。泉南(?)の子ども時
代のことが多かった。「そうだったの!」とぼくが話始める。同じく子どものころの
こと、「田舎はね、島根の岩見地方……」と。
「島根は東半分が出雲、西半分が石見。わが田舎は石見の東端、出雲に接
する大田市。当時は佐比売(さひめ)村。佐比売山という、出雲国風土記で国引
き神話にその名のみえる山があって、今の名前は三瓶山(さんべさん)。広い裾
野があり、戦争中は広島連隊や浜田連隊の演習場。子どものころはトーチカへ
上って遊んだりした。終戦直後、米軍が進駐、引き揚げ時に大量の缶詰や弾薬
を土中に埋めて放棄した。物資のない時代、埋める作業をした村人が掘り上げ、
もらった缶詰の豆をぼくも食べた。掘り上げた弾薬が爆発して死んだ先輩中学生
もいた。わが姉も、炎の上から振りかけると花火のようできれいだと、姉の友人
が持ち込んだ米軍の焼夷弾で火傷したりした」てなことを、くだくだぼそぼそしゃ
べる。何とはなく互いに無聊。時間が過ぎる。そのうち客が入ってくる。「じゃあー、
また」と、店を出る。次の飲み屋へ行く。飲み友に会うと一緒に次の店へ行く。そ
うこうするうちに、また「でん八」へ。そんなことがいくたびあったことか。
最近この岩見地方が人気になってきた。大田市大森町の石見銀山(大森銀山)
が、2007年に世界文化遺産に登録されたからだ。この夏のある調査で、行き
たい都道府県の5位に島根がランクされ、行きたい場所に出雲大社、石見銀山、
隠岐の名が挙がった。石見銀山には、間歩(まぶ・坑道)や精錬所跡、銀を運ん
だ街道、銀積み出し港の船をもやった石杭、江戸時代の名残を残す街並みなど
などがあるが、見るには地味で、楽しむには訪れた人の想像力が試される。大
久保間歩は坑道内の生物環境を保全するため、1日の見学者数が制限されて
いたりして、観光客があまり増えるのも困るらしい。自然と共生して発展した銀山
の姿を、そのまま未来に残そうというわけだ。
石見銀山と三瓶山は隣どうし。三瓶山の山裾にはひっそりと小屋原温泉。旅館
はただひとつ。天下一品の蕎麦を食べ、湯の華に覆われた昔ながらの浴槽にゆ
ったりつかれば、それはそれは至福!
大谷Y(編集者)
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