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| 書影(岩波新書/2017・4・20刊) |
日々の雑感を一ヵ月の状況論として綴られていたが、小説作品とはまた違った今
この時代、市井の生きざまにコミットメントせざるを得ない危機感を如実に発言
していた。
2014年から16年まで、日本が徹底的危険水域に踏み込んだ時期の「時代相
の覚書を書きとめる」、意味深い一冊といえる。
高村薫のモノを言う立脚点は、どんな集団や組織にも利害関係を持たず、特定の
政治思想や宗教にも無縁な「一生活者の視点」というものがあってしかるべきだ
ろうと自問するところにある。そうした著者の思考回路は、どうも子どものころ
から身辺より社会に関心を持ち、行動するよりは観察する人間であるようで、作
家であるのも自然な流れとも、、。
ところが、同時代に派生する原発や特定秘密保護法などの是非をめぐって、新聞
などで反対を説くとき直接行動を執らずとも自ずと「政治的」にならざるを得な
いのは自明のことかと言う。
「原発再稼働反対」の集会に、「特定秘密保護法」に抗議する集会に一般市民や
主婦、学生の姿が見られるようになった。
僕も6・15には同時代的意味付けで国会周辺に行った経験上、何か新しい意識
が芽生えつつあるように身贔屓ながら思える。
こうした状況のなかで、高村薫は同じく一生活者を自負しながら、社会の観察者
に留まって行動しない作家に、いったいどんな理があるか。ずっと自問し続けて
いる。その心情が痛いほどわかる。
(←ブログ:2017・8・17 「高村薫の新聞連載小説を読み始める」1835)

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