きょう8月15日の思いうかぶ情景には、ひとそれぞれ認識の違いがある。敗戦を知ったひとたちの慟哭する様なのか、またはあっけんからんと安堵する明るさなのか、あるいはやり場のない虚無感に覆われる状態なのか、ただ言えることは「玉音放送」で敗戦を知りひざまづき号涙した人がすべてではないと云うことです。
5歳になったばかりの僕は、国防婦人会の会長をしていた祖母が部落で集団開墾した河川敷の畑でサツマイモ堀りをしていた場所に居たのを覚えている。そこにいたご婦人の皆が頭のはんてんをとって黙礼した姿が思い浮かぶが、号涙はなかった。開戦から3年8ヵ月、教師であったがゆえに強制帰国させられ、無理を重ねた戦争の破綻を目にして親父は、淡々と受け止めたのかその姿に全く印象がないのである。今日のような暑い陽がギラギラと照りつけていたが。
こうして75年前にみた風景のなかに複雑な感情が生起していたはずなのに、一端にしか触れられない悲哀を感じる。

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