内田百閒は岡山市生まれの作家であることはしっていたが、「特別阿房列車」を読んだぐらいである。それは汽車に乗っての旅につられて読んだ印象だけであった。それでまた、新型コロナ蔓延のなかで百閒の随筆に「虎列刺」(コレラ)があるのを思い出し文庫を引っ張り出し読むことになった次第。僕の読書のきっかけはこうした衝動によることが結構ある。
家族で田舎の海水浴旅館の一階に宿泊していたところ、二階に「虎列刺」が出たらしい、話から始まる騒動で、昔のことながら身近に感じさせる不思議な吸引力がある。二階の捜査で巡査が来たらしいのだが、宿泊していた父、母、使用人と「私」は、足音を盗んで、真っ暗な外に逃げ出す。海端をうねうねと三里も続いている土手を伝って逃げてきたとあるが、この間の行為や暗闇の風景が幻想的なのである。「後から何だかついてくるらしかった。虎列刺と云う恐ろしいものが、わざと姿を消して、私共を追っかけている様に思われた。」
港の町で夜が明けてから汽車に乗って、郷里の町に帰る。二、三日すると、町内にも虎列刺が出る不気味な情景と、方々に虎列刺が出て、毎日毎日沢山の人が死んだ、、、と。海水浴から逃げて来た者は、だれだれだと調べられた。「志保屋に虎列刺が出た」と云う噂が方々に伝わったから、商売に差しつかえた事だろうと思う、とある。(昭和8年9月)(1933)
内田百閒は、どうやら沢山の文章を書いているようで、これが小説なのか随筆なのかわからない。

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