2017年11月12日日曜日

武蔵国分寺跡から湧水群を歩く④   1921

武蔵国分寺 僧寺金堂想像図
武蔵国分寺は、府中市の国府から北方2㌔の地に「東山道武蔵路」を挟んだ東西
に「僧寺」と「尼寺」が在る。国分寺は、8世紀半ば頃に全国60余国に建立さ
れたが、両寺が判明し保存されているのは大変貴重。
国分寺という市名はこのことに由来。

国分寺として規模も大きく、七重塔が建立されるなど壮大な寺だったと思われま
す。戦国時代に寺は消失したが、新田義貞により薬師堂が再建されたと伝えられ
ている。武蔵国分寺は、国分寺崖線の湧水や緑におおわれた環境良好な地である
ことが重要な要素であったようです。
ちなみに、この国分寺にあるような湧水の豊富な崖線のことを古語で「ハケ」と
呼ぶ。大岡昇平の『武蔵野夫人』は、このハケを舞台にした小説です。

武蔵国は、奈良の都に「東山道」とその支路(東山道武蔵路)とでつながってい
た。

(←ブログ:2017・11・3 「武蔵国府と国分寺を歩く ①」1913)
(←ブログ:2017・11・5 「大國魂神社とくらやみ祭 ②」1915)
(←ブログ:2017・11・10 「馬場大門のケヤキ並木と祖父母③」1919)


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