2017年10月6日金曜日

神楽坂の袖摺坂を登って       1885

きょう午前中、T医科歯科大学病院で2週間にわたった治療の最終段階での検体
で、肺炎の治癒と他の呼吸器系部位に異常なしとのお墨付きを医師から聞いた。

少し気楽になって、御茶ノ水駅から飯田橋駅で下車して、神楽坂へ足が向かう。
善國寺の毘沙門天前を通って、大久保通りを左にとって少し歩くと「袖摺坂」。
会社の最初の住所が、神楽坂矢来町だった。取引銀行への通いでよく利用した裏
路だった。
すれ違う人の袖が触れあうほど狭い坂道であったことからついた坂名だという。
26段の階段部分の幅は、1.4mほどしかない。当時は階段脇の塀は土塀だった
とおもうが、今は黒い板塀に替えられている。もっと以前は、芸者さんなどが行
きかう黒塀の景色だったのだろう。
稲垣足穂のエッセイにも、この「袖摺坂」の狭い階段を登って一息つく文がある
が、また多くの文人が行きかった坂名の由来を想ってみた。
矢来町94番地のビルを経て神楽坂本通にもどり、牛込台地北端の新築された赤城
神社の鳥居の前に立つ。

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