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| 神伝流甲冑泳法 |
美作一円を支配してきた森家から、元禄11年(1698)松平へ移行している
が、津山盆地に栄えた城下町の歴史が厳然として残っている。
天守閣はないが、落ち着いた街並みの城下町にふさわしい城址がある。
これ見よがしの天守閣や、後年築城した近代的城とはちがって、城下に鉄砲町、
弓矢町、元魚町、二階町、鍛冶町、上紺屋町、細工町、材木町、船頭町などが、
現前と生かされている。
あまり裕福ではなかったに違いない中国山地の地方藩の歴史をさぐってみると、
興味はつきない。
津山松平家系の家斉・斉民のこと。特に明治維新における敗者・斉民の果たした
功績について。
藩として町人に、石門心学の教科に熱心であったこと。後に心学は、封建支配の
御用学問にすぎないとする批判がおこってくる。
他に、水練に関して「神伝流水軍兵法」の鍛錬と免許皆伝や水練家業までいきつ
く突出した藩指導の話は面白い。後に、夏の花火大会の昼間のイベントで神伝流
泳法を津山川で観て感心した記憶がよみがえる。
(サイパンから帰国して失職中の親父は、城下の二階町でわずかな期間だけ珈琲
ハウスのような商売で生きのびていたことがあります。)

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