2018年9月29日土曜日

追悼・岡本修一 最初と最後     2243

岡本修ちゃんに最初に会ったのは、もう50年近く前、いまは無い吉祥寺「弘栄
堂書店」との夜の会席で、たしかフランスから帰国して間がないときでした。

すでにそのとき、岡本綺堂の本を中心に出版する「青蛙房」を担う若き切れ者の
雰囲気があった。
当時、書店流通上で問題にされていた買切制や特約店の問題で、10歳弱若い彼
が自分の意見をもっており、ガンガン迫ってきた記憶が残っている。
その後も、「やすい会」(1983年第1回)に一年遅れぐらいに若手として参加し、
最近の本郷<天麩羅・天喜>が例会の定席になった頃まで、世話役でマメに仕切
ってきていたのである。
ところが、最近になって体調不良で病院をベースに自宅と行き来していると聞い
て心配していたところでの訃報で、残念でなりません。

修ちゃんの親父さんが岡山県津山の勝間田(現勝央町)の出身で、数年前の夏、
彼自身里帰りし、津山城址や城下町を散策したことを懐かしく語ってくれたのが
ほとんど最後になりました。
そして、勝央町の「勝央美術文学館」には、「青蛙房、岡本経一の仕事」が常設
されている。
津山がわが故郷と一緒だったこよなき想い出からして、人の縁の不思議を感じて
います。
合掌。

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