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| 良太寄宿の旧「教師の家」水の貯水箱 |
父の良太はサイパン島に赴任したとき、サイパン航路で島の支庁桟橋につき、
まず南洋庁サイパン支庁に行ったようだ。
そののちチャッチャ国民学校への赴任が決まり、ラウラウ湾の岬に近い宿舎に
落ち着いている。
サイパン島についての知識は皆無だった母も、チャッチャという珍しい呼称は
記憶に残っていた。
サイパン島で3年あまり国民学校の「訓導」として生活していた良太の住まい
が、この新旧2枚の写真とホテルの庭師の証言で特定できたことは幸運だ。
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| 1943・5・29影(背景に水箱) |


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