2022年3月21日月曜日

活字の海から 大井谿君の尊父のこと 3415


新宿の文壇バー「風紋」の林聖子さんが亡くなった。
追悼しつつ、古い記念誌『風紋』に寄せた作家や編集者の随想を読んだ。
そして、巻末の聖子さんの御母さんとの伝記風「いとぐるま」を読んでいて、
そのなかで意外な人とのつながりを発見した。

聖子さんの御母富子さんの郷里は岡山県津山市で、生家が幕末頃からの商家で
あること、そして、昭和20年4月の東京空襲で高円寺の住まいが焼け、津山の
家へ一時帰っている。このあたりのことは聞いていた。
で、本題に移る。
「津山椿高下(つばきこうげ)にあった家の右隣が出(いで)隆先生の家で、
出家のおばあさんと私の祖父とは、お茶、お花の友だちであったことを、出家
に遊びに行く間に、出先生から伺った。不思議な因縁という外はない。
出先生にたびたびお目にかかって頃から十数年たったある日、当時、明治大学
におられた大井正先生が<出先生からです>といって、一冊の目録を「風紋」
に届けてくださった。  GALLERY KABUTOYA.TOKYO 1920
とある父の個展目録で、表紙をあけたところに墨で、 出隆兄   倭衛
とあり、さらにその右側に、 林聖子様   出隆  昭和三十九年五月
という出先生の署名がある。
1920年といえば父倭衛はまだ母と出会っていない。運命の糸の不思議さに驚く
とともに、たちまち先生の温かく優しいお心遣いが伝わってきた。」
時間は流れて、未来社から『唯物史観の形成過程』(ほか三冊)刊行している
著者・大井正さんは、莫逆の友・大井谿君の尊父である。 

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