| 廃墟と化したプリピャチ |
の登録が先日正式に決まった。
ずっと棘がひっかかる気分なので、言うべきことを言っておきたい。
軍艦島は地図上は端島といい、江戸末期に鍋島藩が石炭の採掘を始め、1891
年の三菱の買収から1974年の閉山まで掘り続けた。採掘量優良な炭鉱であった
が、労働環境は過酷を極め、朝鮮・中国人の「強制労働」や下請け抗夫から生死
を分ける「獄門島」と怖れられた。
綾井健著『記憶の「軍艦島」』に、島に上陸してコンクリート擁壁に空けた「地獄門」
からトンネル通路を経て作業場へと、高層炭住や「報国寮」へたどることができ、赤
錆や鉄骨を見せ朽ちた姿をさらしていると、写真探訪記で語られている。
(洋泉社から、同著書に『日本建築百葉集』1991年刊がある)。
1960年代、三井・三池炭鉱闘争があったが、「三菱」は閉山することで富国強兵
政策をすすめる一端をを担った軍国兵站基地でもあった「軍艦島」を、「世界文化
遺産」で模様替えしようとしている。
三菱と長崎市に、安倍政権の共同作業の奸計が見透ける。
富岡製糸工場と同じように、観光資源にオブラードに包もうとする目潰しは歴史の
捏造に思えてならない。
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