2015年8月23日日曜日

8月の記憶              1109

3・11/17時 江岸寺と消失した「家」
東日本大震災から4年半になろうとしている。
8月上旬から倉敷に帰郷していて感づいたことがある。

この度の縁者一同集まる席で、ヒロシマ被爆と神戸淡路大震災には触れるが、
3・11東日本大震災の記憶には温度差があるように思えた。
倉敷は、広島、神戸が隣なのにたいして、被災地の三陸地方大槌は1600キロ
はなれた遠い土地と云うことにになるのかもしれない。

ところが、震災前に釜石から八戸の陸中沿岸部を陸送の仕事で何度か走ったこ
とのある弟は、TVで巨大津波の映像を見た衝撃がいまだにトラウマになってい
ると、いうこともある。
日頃、交流のすくない弟のこと、直接の被災にあったわけではなく、いろいろなか
たちで精神的ダメージを受けた「記憶」があるようだ。

ヒロシマ被爆の祖母の従姉が抱えつづけた傷痕の記憶、、。
父から、サイパンと敗戦について多く聞くことはなかったが、その記憶を自らに閉
じこめたまま40代でなくなったことを思うと残念でならない。
戦争が、大震災がひとのその後の価値観や生き方を、一変させることがある。
古稀半ば過ぎの今年の夏は、メルクマールになる日をあらためて気づき、強く意
識させられたように思う。

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