| 書影『美作ノ国吉井川』(講談社・刊) |
小学校への登下校は川両サイドの道づたいでした。
歩いて40分ほどの場所に、6年間通った「泉小学校」があった。
登校は部落ごとに列をつくってまっすぐ学校に行くものの、帰りは自由時間で遊び
友達と川原で水に入ることがしばしばあった。
夏は、家に帰り着くなり玄関にランドセルを放り投げて、さっそく水遊び、魚捕りに
熱中するのがあたりまえだった。
川はごく身近にあって、開放してくれる場所でした。
だからいまだに羽村堰や周辺の多摩川に気が向くまま出かけます。
川岸でぼけーっとして、子どもたちをながめたり、ミズドリを見たり、その日々で違
う水流の光景があきさせない。
さらには、「風船旅」にでて、初めて見る川や海、見知らぬ場所での生活者との出
合いで触れる開放感にも通底するものがあります。
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