2019年に日本で開かれるラグビーワールドカップの試合会場が今夕決まる。
から一声に喜びの歓声が上がった。
釜石市は被災地の海岸に近い場所に新しいスタジアムを造り、これまでの復興支
援に感謝の気持ちを「釜石ラグビー」で伝えたいと盛り上がる。
新日鉄釜石が、昭和60年に未到の7連覇を遂げてから、製鉄所の衰退に併せる
ように弱体化したが、その後クラブチーム・シーウェブスと改称して活動をつづけ、
復興のシンボルとして地元の熱烈なサポートがあります。
また、海外からのサポーターたちを、被災地三陸への誘導に大きな役割を果たす
と思われます。
釜石の町には多くの想い出があります。
最初に釜石を訪ねたのは、学生時代に陸中海岸を旅したときです。「盛駅」から汽
車でしたが、トンネルを出ると釜石製鉄所の高炉からもくもくと出る煙と火の威勢に
驚きながら釜石駅に降りたちました。
その後も、宮古から、さらに年を改めて八戸から石巻への車旅があり、そして3・
11震災前に、釜石に一泊して大槌町への初訪問があります。
東日本大震災後は、花巻から遠野経由で仙人峠を越えて「釜石シーウェイブス」の
ラグビー場を右手に見ながら釜石市街を抜けて大槌町に行くこと数度になりました。
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