本郷会の発案者は、ワタナベk、タケウチy、サワハタkらだったことを知った。
最初のころに、有燐堂の村越さんを囲む「越しの会」と呼称したことがあるように
思うが、、。
今回は、そのメンバーの一人タケちゃんと同席したが、昨年1月に亡くなった共
通の親友・門倉弘を偲ぶ話になった。
彼は山やさんで、冒険家でもある。東大出版会時代、門倉より年下であったが
山登り同士のリーダーで、年数回は国内外の旅に誘い出していた。
昨年の夏には、遺品のメガネを谷川岳頂上に納めてきたことを聞き、胸にジン
とくるものがあった。
一人で谷川天神平を縦走して頂上から一ノ倉沢に下る行程だったようです!
話によると、最初の登山が谷川岳で、最北の利尻富士から最南の屋久島宮之
浦まで一緒に極めているという。
確かに門倉は、山をめぐる「景観論」や「物質論」として、初期マルクスや稲垣
足穂から中村宏を語るとき、具体的な山岳名も必要に突き詰めるところがあっ
たが、、。
クルマで日本海側に出るときには、水上から三国峠越えで、谷川一ノ倉沢を眺
めながら走るが、その時これからは、門倉を想うことになるのだろう。
はじめまして。
返信削除亡き父の話題を見つけました。。幼い頃連れて行ってもらった谷川岳で雷雨に遭い、
川になった山道をお尻で下山したのを思い出しました。思い出すだけでワクワクする最高のアトラクションでした。(紀子)