緑の山あいを蛇行して流れていた清流の吉井川は、僕が倉敷へ移住した昭和30
年代に「ダム建設」問題が勃発した。
それから中学の後半、高校を経て東京の大学生活で上京してからも、一時町長
だった伯父(日笠)や間組にいた縁者によって「苫田ダム反対期成同盟」の動
向や、停滞する町の様子を知ることができた。
吉井川を堰き止めて生まれた人造湖「奥津湖」。この地底に沈んだ日本有数の
人家と生活を知らず、訪れる人たちが雄大な自然と澄んだ水に魅了されても、
僕は戸惑う。
ダムのとば口に近いところに在るわが菩提寺や、少し上流の名勝「奥津溪」は
残った。

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