2013年4月4日木曜日

陸中へ 旅の記憶③

「喜びも悲しみも幾歳月」の本州最東端の燈台(2012・6・影)

いよいよこの度の最終目的地、宮古浄土ヶ浜へ。
波板駅(当時、波板海岸駅名ではなかったのでは?)から汽車で宮古へ夕方着く。
宮古市は釜石市と並び三陸の中心といえる。沿岸部の海岸線は独特の多種多様な
地形が連なり景観は驚くばかりの美しさです。

浄土ヶ浜、名前の通り白い砂浜と奇岩が「まるで浄土ヶ浜が再現された」ような静謐
な浜辺でした。
だが、この地の311大震災津波による被害は凄まじかった。
最近見た、JRの観光ポスターでは、浄土ヶ浜の遊覧船の運航が再開され被災地か
らの復興の狼煙かと思えました。

だが、僕のなかで未だ最高に記憶されている場所が鯔が崎で、この旅で始めて足を
踏み入れました。本州で最も東に位置する重茂半島の太平洋側にあるのが鯔が崎
燈台で、登り口あたる湾からは人一人やっとの山道を1時間余いくつかの岬を蛇行
しないと辿り着くことができない秘境なのです。宮古の人ですら、未だ、一度も行った
ことが無い所なのに、、、と、驚くばかりに言われます。
後、1分30秒と言ったとたん、ぐいっと白い燈台が目前に姿をあらわす。燈台の前面
は怪奇な岩また岩、その端に立てば遠く地平線がかすむ。
しかし、50メートルほどの眼下の波しぶきは身を引き入れるように唸る。眼前の海は
大きく盛り上がり、左右の岩にくだける波しぶきはこの身を引きちぎるかと思われる。
恐ろしい!
この岩々岩山とも云うべき所、ひっそりと艶やかに浜ゆり、浜ぎく、福寿草、釣鐘草の
花々が咲く花園!

311大震災で、登り口の漁港は壊滅したが、無人の鯔が崎燈台は何も無かったが如
く天を突いてすっくと立っていた。


0 件のコメント:

コメントを投稿