*戦後カオスのなかの屋台から*
H お忙しいなか、出席していただきありがとうございます。
「D8」のアキさんに同席していただいて、お店の歴史とそこに集った人たち
のドラマを語り合ってみたいと想います。
今日お集まりの皆さんは、「D8」が開店(1964年7月)した時から、または、
ほとんど間がない時に暖簾をくぐった方たちです。
まず、各々の馴れ初めから話していただけますか。
M 昭和39年(1964年)8月末かな、開店してまだ1ヶ月もたっ
てない時に新しい提灯を見て気になって飛び込んだ。たまたまその時、新宿
ガイドのネタ記事を探してていた。一緒に入ったのは千代(デザイナー)だった。
ふつう取材したお店には行かないのに、よっぽど居心地が良かった
のか居ついちゃったんだよね。
++が居てアレッと思ったんだ!(詳しくは掲載記事参照)
A 開店から年内までは、赤字でかなり厳しい崖っぷちだった。
M 近くに「アシベ」があって歌手や芸人を見かけたが、あれは、
いつごろからで、最初は誰が来たの?
A カツミ。ファンの可愛い女と二人連れで来た。それからバン
ド連中が来るようになった。
M 最初は、カツミか!
H 僕は開店翌年の半年たった2月の寒い日に、おでん屋台の「インテ
リ清水」さんに誘われて初めて行きました。
この時にはもう、アシベのプレーヤーたちのたまり場になっているこ
とが話題になっていたナー。
M いけば、必ずちょっと変わった人たちが居る雰囲気があったよナ。
A (屋台盛衰記語り、、、)
O とすると、今日お集まりの中ではMさんが一番早い「D8」入学
なんだ。
僕は、大学3年。加藤登紀子さんがお芝居をやるのを応援をしてい
て、そのプロデュースしていたのがHsさん。
芝居が跳ねて打ち上げで初めて寄ったのが「D8」サ。
初めての店で感じたのは、アキサンが素晴らしい話芸の持主で、
アニキはひかえめであまり喋らなかった。
(共通して一致したのは、アキサンの聞き上手と話題を上手
に操る話術に魅了されていたこと。)
─→以下、日を改めて断続的に続く~
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