この夏には、ぼくが半世紀にわたって暖簾をくぐってきた「でん八」が50周
年になる。
アキサン、おめでとうございます。
酒を飲むようになって仕事のかね合いもあったが、頻繁に新宿に途中下車する
ようになった。
70歳を過ぎて、仕事の節目ができた今日まで、1960年代からの激動の政
治、経済、社会、文化の変貌を経験するなか、居酒屋「でん八」とても苦楽の
あったこと、例外ではなかったはずです。
治、経済、社会、文化の変貌を経験するなか、居酒屋「でん八」とても苦楽の
あったこと、例外ではなかったはずです。
「でん八」50年──。店主松尾兄弟にあっては、心身ともに想像を超えた、多く
の累積する事があったことでしょう。
脱サラから始まった松尾兄弟の居酒屋が順調になった頃、ぼくは、松尾ファミ
リーの結婚式や祝宴に出席させていただき、乾杯や挨拶したことを思い出す。
その頃は、すでに、ぼくはイッパシの常連客に仲間入りしていたのだろうか。
リーの結婚式や祝宴に出席させていただき、乾杯や挨拶したことを思い出す。
その頃は、すでに、ぼくはイッパシの常連客に仲間入りしていたのだろうか。
初めての一歩は、屋台を出していた清水さんに連れて行かれてから。その後、
間断なく通いつめていたことになります。
間断なく通いつめていたことになります。
「でん八」の何に、どこにぼくはひかれていたのだろう、、、。
小料理居酒屋の場合、カウンターの向こう側の主人と、こちら側の会話が絶妙
に弾んだり、沈黙であったりするのがいい。「でん八」のアニキとアキサン兄
弟の場の雰囲気づくりには天性のものがあった。
弟の場の雰囲気づくりには天性のものがあった。
後年になってからは、客としてだけでなく親戚つきあい以上の関係にあるよう
に、思うことがある。
親密な関係のほかに、「でん八」に集う誰彼なく客同士のお喋り、ときに咆哮
親密な関係のほかに、「でん八」に集う誰彼なく客同士のお喋り、ときに咆哮
にも接しながら、お酒を重ねるのが、我がならわしにあっている。
「でん八」のカウンターで一緒になる客同士は、一時のコトながら皆が、知人
であったり友人のように和んで酒量があがっていく。
若いときは、「でん八」を起点にハシゴを繰り返していたが、今では唯一一献
の棲家になってしまった。
だが、今は慕ってきたアニキは逝き、アキサンも引退している。かつての、賑
やかさはない。
「でん八」は隆盛すること50年、ぼくは70余歳、さてこれから先も、時には止
まり木に座らせてもらおう。
「でん八」は隆盛すること50年、ぼくは70余歳、さてこれから先も、時には止
まり木に座らせてもらおう。
二代目・弘史くんよろしく!
(「でん八 50周年記念」冊子の寄稿です。)
(「でん八 50周年記念」冊子の寄稿です。)

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