2013年12月8日日曜日

其処は、一献の棲家だった!


この夏には、ぼくが半世紀にわたって暖簾をくぐってきた「でん八」が50周
年になる。
アキサン、おめでとうございます。

酒を飲むようになって仕事のかね合いもあったが、頻繁に新宿に途中下車する
ようになった。
70歳を過ぎて、仕事の節目ができた今日まで、1960年代からの激動の
治、経済、社会、文化の変貌を経験するなか、居酒屋「でん八」とても苦楽の
あったこと、例外ではなかったはずです。
「でん八」50年──。店主松尾兄弟にあっては、心身ともに想像を超えた、多く
の累積する事があったことでしょう。
脱サラから始まった松尾兄弟の居酒屋が順調になった頃、ぼくは、松尾ファミ
リーの結婚式や祝宴に出席させていただき、乾杯や挨拶したことを思い出す。
その頃は、すでに、ぼくはイッパシの常連客に仲間入りしていたのだろうか。
初めての一歩は、屋台を出していた清水さんに連れて行かれてから。その後、
間断なく通いつめていたことになります。
「でん八」の何に、どこにぼくはひかれていたのだろう、、、。
小料理居酒屋の場合、カウンターの向こう側の主人と、こちら側の会話が絶妙
に弾んだり、沈黙であったりするのがいい。「でん八」のアニキとアキサン兄
弟の場の雰囲気づくりには天性のものがあった。
後年になってからは、客としてだけでなく親戚つきあい以上の関係にあるよう
に、思うことがある。
親密な関係のほかに、「でん八」に集う誰彼なく客同士のお喋り、ときに咆哮
も接しながら、お酒を重ねるのが、我がならわしにあっている。
「でん八」のカウンターで一緒になる客同士は、一時のコトながら皆が、知人
であったり友人のように和んで酒量があがっていく。
若いときは、「でん八」を起点にハシゴを繰り返していたが、今では唯一一献
棲家になってしまった。
だが、今は慕ってきたアニキは逝き、アキサンも引退している。かつての、賑
やかさはない。
「でん八」は隆盛すること50年、ぼくは70余歳、さてこれから先も、時には
まり木に座らせてもらおう。

二代目・弘史くんよろしく!

(「でん八 50周年記念」冊子の寄稿です。)

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