2013年12月6日金曜日

アングラ新宿花盛りのときに

「でん八50周年記念」冊子への寄稿を一部紹介します。



50周年おめでとうございます。
私が「でん八」に行ったきっかけは、昭和44年(1969)当時、新宿歌舞
町にあったキャバレー「アダムとイブ」で、佐野柳哉さん率いるバンドの一
員として歌っている時に、佐野さんに連れられて行ったのが最初でした。
その後、2、3回行った記憶があります。バンドをやめて角筈にあったスナッ
バーテンダーをしている時に、佐野さんが来てでん八そのに」が出来たか
ら行うと、誘われておじゃましました。
中華ではない時です。しばらくして、友人に誘われてお店を変わる時10日位
あり、佐野さんから、「そのに」のバーテンさんが辞めて困っているので
手伝ってくれと言われて、1週間の約束でやる事になりました。
その間に、新しい店の話がご破算になり、そのまま、「そのに」に、残る事に
り、正式に勤める事になりました、昭和45年、前半位の頃だと思います。
現、歌舞伎町店の弘史が4、5歳の頃かな? 定かではありません。

昭和46年夏頃に、兄貴が腎臓結石で入院し、あきさんがでん八」をやり、私
「そのに」をやっていました。9月頃に私が「でん八」に行き、あきさんは
「そに」に戻りました。11月3日、文化の日、隣の「田毎」から出火して
「でん八」延焼、夜7時頃でした。店をリニューアルし営業を始めた頃に、
歌舞伎町に新店をつくる事になり、それに伴って、「そのいち」を売却する話
になり、売るのはもったいないので、私にやらせてくださいとお願いし、やる
事になりました。
その後、10年間営業して立ち退きで閉店することになりました。

書こうと思うと、いっぱいありすぎて書ききれません。野球チームの結成。
夏、三浦海岸での海水浴。忘年会の思い出など、、、色々ありました。
なので、ここでは皆さんがあまり知らない部分を書きました。
「でん八」なくして今の自分はありません。
これからも益々の繁盛とご活躍をでん八」ならびにお客様皆さんに幸あれ。

                          タカハシ・シロウ




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