きょうは、母の命日です。
母はぼくが幼少の頃から結核になって、母方祖父母の実家にかえり一年ばかり
療養の後、サナトリウム病院で過ごすようになった。
その療養所は、津山線津山駅から岡山行に乗って二つ目の佐良山駅から近い、
「皿川」沿いに佇んであった。
春休みか夏休みに唯一母親を訪ね対面できる日があった。その日は祖母が作っ
てくれた「のり巻き」と水筒を肩に療養所にたどり着くと、待ち構える母が、
ベットから抜け出し皿川の河原に連れて行ってくれたものです。
この歳になって、その川の葦の生えた額ほどの砂丘をしきりに想いだす。
そのころの事はすでに遠い昔のことで、療養所はいまでは津山市二階町の津山
中央病院の名称になっている。
20代で発病して僕が高校三年のときに右胸肋骨全摘手術で助かり、85歳まで
生きた生命力に驚嘆しつつ感謝ています。
.png)
0 件のコメント:
コメントを投稿