オヤジは無類に酒が好きな方だった。
しかし、昭和19年にサイパンから引き揚げ帰国させられ、家に帰ってきてから
数年は飲酒する姿を見なかったように思う。
その間の教師に復職できない時期を様々なことをして過ごし、戦後5年ほど経
って小学校の先生として教壇に立つことになりました。
この前後から酒を浴びるほど呑むようになったと記憶しています。内心の機微
については分からないが、僕は、「教師の子として」嫌な思いを多々した。
さて自分のことだが、学生の頃はオヤジの酒癖がトラウマになりほとんど酒を
嗜わなかった。その後は、父や祖父などの血筋を受け継いだのか、酒豪では
ないが酒を飲む部類になってしまった。
さすがに、仕事の現役ではなくなって、外で飲む機会と酒量も次第に減りつつ
ある。
酒の好みも年とともに変遷してきた。ビールやハイボールなどのウイスキーに
はじまって、居酒屋の燗酒、スナックやバーではバーボンにズブロッカときて、
いまではもっぱら焼酎から限定イモ焼酎をヨシとしている。
下戸の弟の無理して「場」をつくろってつきあう姿を見ると申し訳なく思う。
血筋説も怪しくなってくるが、、。
(←ブログ:2016・6・9 「オヤジのこと」1401)

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