| 311前の安渡集落/上の小学校から海にかけて全壊 |
あの日、何が起きたのか、死の直面を見つめなければ、生はないのではないか。
これから語る丸さんは、地元の職安をたよりに大槌町安渡を離れ東京都村山市
の日産工場に就職する。
子どもの頃から、ラジオで聴いてジャズに傾倒していた彼は、新宿のジャズ喫茶に
転職し、一度田舎にUターンして海産食品加工会社に携わるも、再度東京へ。
311の喪失感いっぱいの丸さんがやっとの想いで呟いてくれた。
自分は立ち直れるけど、兄貴の子ども甥っ子がきつかった。事情あって、二人の
姉が母代わりで、甥を1歳から育てていた。自衛隊に就職した甥は、3月11日当
日、地震の10分位前に姉との会話で大丈夫と。さっと逃げてるだろうと。
そして、一週間経っておかしいぞ!二人の姉がいない!
自衛隊員の救援体制で甥っ子は大槌町の隣り山田町の山側に捜索に入っていた。
甥っ子のショックは計り知れない。
現場を見てない自分は、致命的にしょうがないと思っている。客観的にしか見られ
ないところがどこかにある。
自分は現場にいなくても、客観的に現場が見える。
しかし、帰ってみて、えっ!ここまで来たの。子どもの頃、「高台」はここより下のイ
メージだった。小学校の塀まで30メートル位い競りあがっているのに驚き!
経験しないこと、1000年に一度あるかないか。生涯で実際にはありえないコトを、
だが、見てしまった震撼!
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