出かけていました。
二年前のあの日、飯田橋のなじみの珈琲館で打ち合わせをしていました。
激しい揺れを感じ面談中の相方と咄嗟に外に飛び出してビルの谷間に立っていた。
軋む高層ビルを見てニュージーランドの大地震とアチェの大津波のことが瞬時に頭
をよぎった。
この3・11日2時46分には、珈琲館の同じ窓際に座って、大槌町マストの一頁堂
店を特集した記事を読んでいました。カーテンの揺れも無く、手を合わせる人もなく、
ビジネスマン、学生でにぎわっていました。
あの日その後は、飯田橋改札口のTVに流れる緊急TV映像の三陸沿岸に押し寄せ
る大津波を見て、大槌町に暮らす娘の祖母、母を想いました。
第二波津波が押し寄せる頃には電話回線は不通になり、連絡の取りようが無くなっ
てしまう。
五日間は生存をつかむことができず、カタカナ人名映像と戦後の尋ね人風放送を聴
きっぱなしでした。
ただこの時期、僕は会社の現役を退任したばかりで、自由に活動ができる環境にあ
ったことが幸いしました。
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