2012年12月7日金曜日

奥田正一さん追悼と60年安保メモリアルブック



僕の大学入学時、奥田さんは4年だったが、60年安保闘争真っ只中の年で学年の
上下関係にあまり拘りなく接した年上の何人かの一人です。
同じシーンのなかに、既に鬼籍入りしてしまったHs、Hh氏等もいた。
あの時代、彼らは高校で既に社研とか唯研とか歴研とか新聞会でクラブ活動をし、
勤評闘争、砂川闘争を経験して大学になだれ込んできている雰囲気があった。
奥田さんと僕は活動を同じくする側ではなかったのですが、専修が一緒だったので
演劇クラスのコンパにオルガナイザーで参入してきた時にはじめって喋った。
クラスには、4月の「激励会」に出てきて司会、しめをしてくれた濱田、寺村、後藤君
のほかに、民芸で役者になった伊藤豪さん、映画「野菊の如き君なりき」主演女優
の有田紀子さんらがいた。

去る7月31日に亡くなって、一ヵ月後にはしのぶ会が大隈会館で催され、その政治
の時代をともにした仲間たちによる追悼文集が出来あがったことに敬服いたします。
特に、奥田さんと同時代を一時期共有したYiさんにあっては、彼が病に臥してから
ずっと身近に接してこられ、続いて短い期間のうちに冊子を仕上げらた。その原動
力は60年安保を史実として残したい意志の語り部にあると察しました。
奥田さんとのその後の面対は、長く年月が経って既に体調不良になっている時期
で、Yiさんも同席の宴席でした。党派が違っただけではなくて、奥田さんは僕より一
回り上でしたのですれ違いのまま、随分の時が経ってしまいました。
が、僕の知っている多く皆様から寄せられた言葉で知るにつけ、老いて衰えることな
く同時代を輝くように生き抜かれたという実感を深くいたします。

1 件のコメント:

  1. 私は九大のほうでしたが、彼はよく知っていました。合掌。

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