| 2019-6-4 影:Ncan |
何年も過ごしていながら、クワの果実が黒紫に色づいているのを始めてまじ
まじと見た。
わが家の以前の土地は、多摩川沿い高台の桑畑だったらしい。
明治のころ、日本近代化に貢献したのは製糸業だった。青梅から羽村一帯の
養蚕農家はそれを下支えし、蚕が食べる桑の葉の茂る風景が広がっていたと
想像できる。
事実、40年前この地に住み着いたころでも、桑の木や桐の木、柿の木がの
っぱらに残るのを見ることができた。番のキジやウサギもはねていた。
また、美作の田舎でも学校からの下校時に、クワの実を頬張って食べ口の周
りを紫に染めたこともある。最近はマルベリーと呼ばれジャムパンで人気だ。
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