2023年5月22日月曜日

65年前の新宿という街は       3840

新宿高校時代、亡くなった坂本龍一と同級生だった塩崎泰久(前衆議院議員)
と馬場憲治(フリーライター)二人の、彼を偲んだ対談を読んだ。そのなかで
街なかの通学の様子を語っている部分に惹かれた。

「新宿駅から歩いて5分のところにある学校で、伊勢丹や三越は目の前。校庭
の向こうに木賃宿と呼ばれていた安宿があって、スリップ姿のお姉さんがいた。
要するに<青線地帯>だよ。甲州街道を挟んでライブ喫茶<アシベ>や、全国
から若者が集まっていた<風月堂>という洋菓子喫茶店や<ウィーン>があっ
た。」と、つづく。これは僕が上京した数年後の景観であり、カルチャーショ
ックをうけたところでもある。

当時の赤線廃止後の新宿の盛り場の様子は週刊誌やタウンページで特集されて
いた。「赤線」といえば、現在の2丁目界隈のことだが、ややこしいことに、
先のような「青線」と呼ばれえるエリアが近くにあったのである。

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