物がかすんで見えたり、足腰の上げ下げや曲げの鈍化を隠蔽しようとする。
その内心の不安ははまちまちだが、身内のものにすら表立たないように遣り過
ごそうとする。
ボケなる異貌の出現を知らぬふりするのではなく、できるだけ表に引っ張り出
して身近に、あーだこーだと修正していった方が健康的で良いと思う。
僕の曾祖母は、出自が士族(没落)なのを誇りにする白髪で背筋もピーンと伸
びたひとだったが、早くから認知症の気があった。和裁とお茶の師範でシャキ
シャキと起ち振舞う日常の暮らしであったが、あるとき不意にいま居る自分の
うち(家)を忘れて、「家」に帰ると言っては外に夢遊的に出かけるようにな
った。ボケたとはいえ、そのひとには目的があって家を出たはずだが帰り道が
わからなくなって迷ってしまうと、みなは「徘徊」だと言う。
ふき大祖母ちゃんは、早めにボケてしまったと云うことです。
人によってボケには温度差がある。曾祖母のように早くボケるひともいるし、
ちょっとやそっとではボケないしっかり者もいる。
さてさて、僕はどちらなのだろうか、、。

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