2021年9月16日木曜日

あの時に会っておけば、今井k君 友人帳 3227

賀状で、あたたかくなったら一度御茶ノ水あたりで会っておこう、と約束しな
がらその年に逝ってしまった。

彼とは歳は上だったが大学の入学が一緒で、或るフラクションが一緒だった。
文学部の露文で入学した一年の当初は授業に出てロシア文学を語っていたが、
年の後半になると、僕と同じくして自治会室に詰める生活が始まった。
公務員として都立の病院勤務を二年経ての大学で、労働者然とした落ち着いた
雰囲気のなかで出会い親交の始まりだ。
二年後には、熾烈な分派闘争の時期に入り互いにオルグのせめぎ合いになり、
袂を分かった経緯がある。

それから十数年の後の洋泉社を興して間もないとき、会社に訪ねてくれた。
下獄の後、「新日文」の編集に関わっており、その帰り東西線の神楽坂で下車
してのことでした。
今井さんの両親が生粋の浅草人で、彼の通った高校も両国高校。親類・縁者も
東京以外の人はいないとかで、僕の田舎の話題で盛り上がることもあった。
今どきは禁止事項だろう、彼の勤め先だった墨東病院の寄宿舎に泊まり込み、
夜を徹して議論したことが蘇る。
決定的な絶交にならなかったのは、人をそらさない今井k君の人柄であったと思
う。
息子さんから、脊柱管狭窄症で歩行が困難になり、、、無念の一葉が届いた。

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