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| 書影 |
半藤一利・加藤陽子・保阪正康 編著
惹句に、「亡国」に導いた6つの分岐点──満州事変から真珠湾攻撃へ。
開戦から80年、昭和日本が犯した「最大の失敗」を検証する、とある。
(追悼・半藤一利さん)
1931(昭和6)年の満州事変に始まった中国大陸での戦争は、日中戦争へと広
がり、1941(昭和16)年には無謀にもアメリカやイギリスを相手にくわえた
太平洋戦争へと拡大の一途をたどったのである。
僕は1940(昭和15)年岡山県生まれです。1945年8月はB29や爆撃機の飛来
が多く空を見上げた記憶があります。だから、5歳の「戦争体験」は、記憶に
残っている夜の消灯とか防空頭巾を被せられた経験や光景のなかにしかない。
だから、記憶だけから「反戦・非戦」へいったのではなくて、「厭戦」「嫌戦」
気分だったろうと思う。戦争は絶対にしない「反戦・平和」の立場への傾斜は、
ずっと後々のことだ。
「大東亜戦争」とするのではなく、太平洋戦争とする意味。
①関東軍の暴走 1931年満州事変~1932年満州国建設
②国際協調の放棄 1933年国際連盟脱退
③言論・思想の統制 1936年二・二六事件
④中国進攻の拡大 1937年盧溝橋事件~1938年国家総動員法制定
⑤三国同盟の締結 1939年第二次世界大戦勃発~1940年日独伊三国同盟
⑥日米交渉の失敗 1941年ハル会談ー真珠湾攻撃

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