わが津山城下町はの成立はどのような経緯をたどったのだろう。
1603(慶長8)年信州松代城主森忠政は、京都伏見城で徳川秀忠から美作国一
円を与えられた。(この前に、宇喜多・小早川両政権による、美作支配あり)。
森忠政が「院庄」から入国し、築城したのは宮川と吉井川の合流点にあたる「鶴
山」であった。築城後に、津山城とあらためる。
慶長9年の起工から13年目の元和2年に完成した。
森氏国除ののち、家門の松平氏が入城する。
明治政府の手によって解体される明治7(1874)年まで、森藩、つづいて松平
藩による封建支配の象徴として、美作の中央部にそびえたつことになる。

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