2015年4月20日月曜日

『戦後精神の探求』を読む。      984


本棚から梯明秀著『戦後精神の探求』を抜き出し、久々に頁をめくる。
未来社から「梯明秀経済哲学著作集」が出ているが、この単行本の一冊の方が、
かつて読んだ記憶が甦り、新たな発見もある。
(序文は、昭和24年8月、岡山にて、と記されている。)

梯は1930年(僕の誕生10年前)の検挙体験に触発されて、はじめて『資本論』に
接近する。梯の独自の哲学的立場は、社会の現実的諸問題の解明に理論と実績
で向かっていったところにある。そして、戦後は強靭な思弁力をもって、戦後精神
の内在化をはかっている。

何故、今こんの本をもち出すのか。
過日は、エンドウさんと満州事変とサイパン玉砕と戦後について話すことがあった。
そんな時、Tがペリリュー島に行き慰霊碑に白菊を供える映像が流れる。
また、日本は敗戦70年をしっかり学び記憶に留めるどころか、現政権の豪腕を持
ってする「安保法制=戦争法案」で危険な緞帳が上げられるは、、、。

自身、こうした状況に置かれることで、うかうかしておれないぞ、と思ったり、戦中、
戦後の必死の精神を活字で辿ってみたくなったのです。
埴谷、大岡、武田、梅原、原、、、の著作を。
yuは、Gyoがとりあえず戦争を避けられたことを善しとしているが、そうだろうか。


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