土Cさんの寄稿から──。(その7)
でん八50周年おめでとうございます。
思い出は数多くありますが、本になることなのでここは当たり障りのない話だ
けとします。
そもそも、「でん八」に行ったのは大学1年18歳の時、昭和41年でした。大
学時代の友人のN氏がプロのバンドを、今は亡きAちゃんと一緒にやっていた
ことで、酒とエレキに興味を持っていたこともあり、N氏に連れられて行ったの
がきっかけでした。
当時はあきちゃんがマスタ―で、彼中心にそこにいる皆が話題を一つにして
楽しく話しているのが印象的で、直ぐに虜に成り、足しげく通うようになりました。
当時を振り返ると、「その一」のマスターは最初はあきちゃん、次に兄貴へそし
てしろうちゃんと変わったわけですが、客層の変遷もありました。最初はバンド
関係の人の時代、サラリーマンが主流の時、芸大の人達が大勢を占めた時期
等々で、お陰で色んな人と出会うことができ人生勉強をさせて頂きました。又今
では女性が飲み屋に行くのは珍しくないが、当時は他ではありえないほど女性
客も多く、中でも魚を綺麗に食べるみどり姉さんを始め、M由紀ちゃん、ザワと
呼ばれていたAさん、今回の委員のSさん、そしてじゅんこさん等酒豪ぞろいで
したね。客の中で一番私の人生に影響を与えたのは数年前他界した重さんで
した。酒の飲み方の基本や女性のいろは、ちょい悪のことも含め、我が人生の
師の一人として色々ご教示いただきました。
「でん八」は飲むだけではなく、何かにつけコア(中心)であったのではないか。
「でん八」から客同士が他の店へ飲みに行ったり、「でん八チーム」の草野球も
したり麻雀したりもしましたし、そう客同士で結婚した人もいましたね。
麻雀と言えばいつだったか酒の後、或る人のマンションで徹夜マージャンし、
この度の委員のOさん(当時ちび長さんと呼ばれていました)が確か7連続トッ
プだったと記憶しているが、強い人だった、二度とこの人とはやりたくないと思
ったものでした。
最後に、社会人になってからの事を一つ、同期の連中と「でん八」でよく飲ん
だが、新入社員当時のある日、「そのに」でザーサイ一皿だけで朝まで飲んだ
ことがある。当時は給料も安く、我々にとってはウィスキーボトルが高く、つまみ
を注文できる余裕がなかったからで40数年以上経った今でもその連中と飲む
たびにそのことが良き思い出として必ず話題にのぼる。「でん八」は我々同期
の友達づくりの場所でも有りました。
「でん八」は私の人生の礎の少なくない部分になったのは間違いない。
松尾兄貴も他界して寂しい限りですが、これからも「でん八」グループのご発
展を祈念して末筆とさせていただきます。
(最近ボケが始まっており、名前や内容に間違いがありましたら平にご容赦を)
Dc

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