| 瓦礫が残る大槌湾 |
一枚の年賀のやり取りで、感動を味わえるモノがあります。
その中に、大槌町の「森の図書館」に大量の児童書や翻訳書を送っていただいた
Aoさんから、「今年は是非、大槌町へ行き図書館を訪ねるのが目標です。」と新年
の挨拶に添えられていました。
大学勤務のAoさんには会ったことも、声を聞いたこともないのですが、寄贈してい
ただいた何百冊の書目からして素晴らしさが想像されます。多忙を割いてのお出か
けのようですが、被災地支援の実感が得られることを願っています。
洋泉社設立のころに一度会って以来、年賀のやり取りだけで30年になる大学同期
のIkの今年の年賀とメールが衝撃的だった。
通年もらう年賀状のほかに、僕の年賀状「今年は一度お会いしたいものです。」 に
対して「いよいよフジモリもそういう心境になったのか。」と、メールをもらった。
彼とはワセダで当初、勤務先を訪ねたり組織活動も共にする間柄だったが、早い時
期に袂を別って長きに亘り直接の交流もなかった。
ところがこの度の内容は、寿命について、百一歳まで生きたお母さんについて、自裁
をめぐって、自らの脊柱管狭窄症の疾病について語り、そして「あのときに会ってお
けばなあ。」と思いたくないから、暖かくなったら会おうとあいなった次第。
もう一枚の賀状は、雪の京都丹後味土野の友人からで、先の僕のブログ「大漁旗を
京都丹後から大槌町吉里吉里へ」に、彼の知人記者・塩田さんが関心を示してくれ、
大槌町へアピール頂くことになった知らせだった。
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