| でん八(三越裏桜通り) |
被災地・大槌町へ僕の車に同乗して足を踏み入れたアキさんとは1964年から、半
世紀近いお付き合いになります。
このように長きにわたると、家族のように子供をスキーに連れって行ったり、結婚式
では主賓挨拶をさせられたり、グループ旅行に同行したり、、、と、家族以上に家族
的になっているように思うことがある。
彼は、3・11大震災に大変心を痛めており、亡くなった奥様のご意思として御芳志を
被災者へ寄付された。そして、大槌の風の賛助会員になっていただいてもいる。
(その長男が、今では2代目店長で仕切るほど、時は刻まれているのである。)
毎月の定例で会っているところ、先日は50年代から60年に掛けての新宿の街並み
を写真で見ることになった。
即ち、僕が東京へ出てきた前後のセピア色の懐かしい写真ということになる。
平屋の新宿駅、三光町交差点、新宿大ガード、高層前の紀伊國屋、新宿西口ロー
タリー、都電の終点角筈、そして歌舞伎町入り口、、、何処も此処も記憶をたどれる
場所です。
もっとも、僕が最初に暖簾をくぐった「でん八」は三越裏にあったのだが。
もうずいぶん前の頃から、この居酒屋で飲んでいると「でん八物語」があってもいい
ね、 と言う声がOn君らからしきりだった。
ところがなかなか一歩が踏み出せずにいた。
冊子の構成を、この居酒屋に集まってきた面々の募集原稿の文集にするのか、あ
るいはマツオ兄弟を中心にすえた年代記にするるのかで迷うところ。
前者なら数人の編集人を決めて、思い出、交遊録を原稿依頼して分類した項目立
てにする、後者なら店主アキさんへの取材を中心に「でん八変遷誌」としてまとめる
事になるのであろうが、、、。
60年代半ばの開店時の店主アニキは既に亡くなっており、今となっては激動の60
年、70年、80年代にマツオ兄弟と面対して杯を傾けていた面々にそれぞれの想い
を文章で寄せてもらうのが良いと思うようになりました。
来る2013年は、でん八50周年記念、そして、亡き松尾昭次郎氏を追想して、、、。
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