2012年11月18日日曜日
大漁旗を京都丹後から大槌町吉里吉里へ
丹後の山奥で修行して、今はろくろ漆器職人として名を成すOmくんから、三年に
一度熊本市で開催する個展の案内と、毎日新聞京都版が送られてきました。
一筆添え書きで、「丹後と大槌の関連記事が載っていたのでお送りします。記者の
塩田敏夫さんは友人です」と認められていた。
友人とされる記者は、Omくんが丹後に住み着く前に筑豊で三井三池炭鉱の炭塵
爆発によるCO中毒患者の救援活動のなかで知ったマスコミ関係者の一人かとも
思うが定かではない。
さてその記事の内容だが、京丹後市の女性が同市の「京の名工」の鯉のぼり職人
奥田さんに大漁旗の制作を依頼したというもの。婚約者が大槌町吉里吉里の漁師
で、津波で失った船を新造するためだ。すでに大槌新漁協の定置網魚が復活なっ
ているが、船は生活再建の第一歩を踏み出すもので、町の再生復興を明るくする。
震災前の吉里吉里ではワカメ養殖、鮭のはえ縄漁が盛んだったが、震災で船も施
設も壊滅してしまった今は、町内高台の仮設住宅で暮らしながら全てを共同で助け
合いながら前に進もうとする実情を聞いて、奥田さんは「よし、わかった」と快諾され
たそうです。
古くからの友人Omくんが、僕の大槌へのささやかなかかわりを知っていて、丹後
半島味土野と陸中の大槌を結び付けてくれる縁は奇なるものか。
日本海側秋田の漁船が重茂半島の漁場に届けられ、そして京丹後の名工による
大漁旗が被災地大槌の海になびく地域再生を願う絆、長い道程に忘れられまい。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿