2012年11月15日木曜日

斉藤Tさんのこと



Tさんはガンで2003年に逝ってしまった。
初めて会ったのが1966年で、まるすの仕入窓口にお二人居たなかの一人。
本好きで幅広い読書量に、年長ながら話が弾み仕事なのか読書談義なのか判らな
かった。
その後、K出版会から、YBCと変遷があったが、相談にはなんでも応じてもらった。
一泊旅行の入浴のとき肋骨を何本か切断した大手術の痕を見て、結核の手術と直
ぐ判った。
彼から「十代に中野結核療養所で手術した」と聞き、医者は中井(所長)ではなかっ
たですかと尋ねたところ、一瞬驚かれた。実は中井は僕の縁戚で、昭和の赤ひげと
いわれるほど手術の名医だった。
こんなことがあって、その後長い間付き合ってこられたのかもしれない。
その斉藤さんと上下関係があるにせよ同志的存在だったSgさんには、また長くお世
話になり今もお会いすることが多い。縁とは不思議なものと思っています。

小冊子から、、、、、、、
Sgさん:
斉藤さんと「やすい会」入会
鹿島出版会の斉藤さんから、八重洲BCの私が電話で誘われ、「やす
会」へ同行したのは90年7月、私の通勤途中の乗換駅巣鴨駅の
「陣馬」が初めてでした。
斉藤係長には、昭和33年4月鈴木書店に入社したとき仮配属の仕
入部で、1週間新人社員研修を受けて以来10年弱、この大先輩に
お世話になったのです。
「やすい会」のことは常々聞いていて、〝君の顔見知りも多いよ、
取次さんを知ってて今後にプラスになると思う〟と。同行した晩の
こと思い出そうとしても思い出せないのはやはり緊張していたから
でしょう。書店人は初めてのようでした。
斉藤さんは91年11月八重洲BCに参与として入社、3年間在籍
しましたが、「やすい会」2回目の92年11月は斉藤さんの代理
出席でこれも緊張記憶なし。
93年3月「鹿島建設ラウンジ」で斉藤さん提案で会員資格を頂い
たのです。06年6月27日白井さんが来店、斉藤さんが肺がんで
入院したと。翌日武蔵境からバスで病院へ見舞いに。7月26日は
ccs北京支店長の段さんと病院へ。
病室の扉を閉めても痛さの呻き声が体中に響くムンクの「叫び」、
泣きました。


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