3・11直後の東北自動車道が開通した3月26日と4月、6月に町が津波に根こそぎ
流され消えている被災の大槌町へ足を踏み入れた。
こうして書くたびに、釜石から海岸線を走り大槌町へ入り瓦礫だけ残った荒野を見た
ときの言葉を失った衝撃と震えをおもいだします。今もって次から次に浮かぶ情景を
整理できていません。
まばらに対面する被災した人たちに表情がなかった。声もかけられなかった。
被災した義娘の母や祖母には「天災に遭遇したのであって自分だけでなく、亡くなっ
た隣人が多数いることを慮り、未来へ向けて踏み出すしか無いのだから、、、」 と、
やっと掛けられる言葉です。今日に至るまで、よく気丈に生気を取りもどしたと思う。
いち早く被災地に入り、津波に飲み込まれて瓦礫のなかに残った想い出のアルバム
を探し出して、再生に取り組むボランティアがあった。今も続けられている。
Gyoたちは、ヘドロ化する写真を化石堀のように丁寧に復元して被災者に手渡す様
をCM(Fフイルム)でドキュメント展開した。
被災した直後の当事者たちは、写真を見ることに関心が及ばなかった。今に至って
まだ未処理のモノがあり、復元して渡したいと思っているが、、、。
【日々の一口メモ】
流され消えている被災の大槌町へ足を踏み入れた。
こうして書くたびに、釜石から海岸線を走り大槌町へ入り瓦礫だけ残った荒野を見た
ときの言葉を失った衝撃と震えをおもいだします。今もって次から次に浮かぶ情景を
整理できていません。
まばらに対面する被災した人たちに表情がなかった。声もかけられなかった。
被災した義娘の母や祖母には「天災に遭遇したのであって自分だけでなく、亡くなっ
た隣人が多数いることを慮り、未来へ向けて踏み出すしか無いのだから、、、」 と、
やっと掛けられる言葉です。今日に至るまで、よく気丈に生気を取りもどしたと思う。
いち早く被災地に入り、津波に飲み込まれて瓦礫のなかに残った想い出のアルバム
を探し出して、再生に取り組むボランティアがあった。今も続けられている。
Gyoたちは、ヘドロ化する写真を化石堀のように丁寧に復元して被災者に手渡す様
をCM(Fフイルム)でドキュメント展開した。
被災した直後の当事者たちは、写真を見ることに関心が及ばなかった。今に至って
まだ未処理のモノがあり、復元して渡したいと思っているが、、、。
【日々の一口メモ】
11/4(日) *冊子「やすい会」の編集作業に
終日ついやす。
終日ついやす。
Yuが助っ人してくれる。
最終でSkさんの原稿も落手。
題字をお願いしていたYkさんの
直筆が届き感激!
11/6(火) *冊子の印刷・製本先を迷った末、
アサヒ印刷が突貫で受けてくれる
ことになり、データ入稿する。
11/7(水) *正午からの「水曜会」を欠席して、
印刷所につめ、一部抜きを見て
完全校了。
完全校了。
11日からの100回記念会に間に
合うことを確認。
合うことを確認。
11/10(土) *被災地行きにも活躍したMPVを
修理(後輪破損)に出す。
修理(後輪破損)に出す。
11/11(日) *一泊の会へ正午過ぎに,中央線
「かいじ」で出かける。高尾から
相模湖、勝沼の山々の紅葉真っ
盛り。
「かいじ」で出かける。高尾から
相模湖、勝沼の山々の紅葉真っ
盛り。
11/13(火) *Mtさんに月曜会に出られなかっ
た事情を話し、あわせて入院した
友人Onくんの具合を聞く。
11/16(金) *Snくんより、ある企業が積極的
に復興支援をサポートしている情
報・紹介あり。
NPO<大槌の風>活動経緯と今
後の支援趣意書を準備すること
後の支援趣意書を準備すること
にする。
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