2012年10月7日日曜日

石垣島からサイパンのこと

サイパン/リーフ左向う石垣島(米軍上陸ビーチ側)


八重山諸島の石垣島について触れたことから、マリアナ諸島のサイパン島のこと
を少し語っておきたい。
実は、僕の父は植民地時代のサイパン、ガラパン尋常小学校の先生で赴任して
いました。
日本統治時代の昭和17年から昭和19年の民間人が最終になった帰船まで、日本
人とチャモロ人へ教鞭をとっておりました。1945年には原爆を搭載したB29がテニ
アン島から発進し、広島、長崎に投下しています。
マリアナ諸島は、今はまさに、グアム島がアメリカの軍事基地最前線であり、第二
次世界大戦終結の原爆搭載機発進基地・テニアン島在りで、僕としては抵抗のあ
る場所です。
が、巡り廻った縁というのか、息子が「サイパン観光大使」としてサイパン島の「サ
イだ!パンダだ!サイパンだ!」の観光宣伝CMに携わったことで、教師だった親
父の足跡を辿ってみたくなり、島を数回訪ねています。
そこで、石垣港の先に在る尖閣諸島の「歴史問題」と、サイパン島の占領の歴史
についてのコトです。尖閣の領土をめぐる抗争は、歴史を時系列でさかのぼって
文献や記録の正当性を出し合う泥試合の様相です。
マリアナ諸島は紀元前1500年から存在したといわれている。マゼランが世界一周
の途中でここを訪ねてから歴史が始まる。その後、スペインが、ドイツが、そして、
1914年、日本が第一次世界大戦でドイツに勝ち、北マリアナ諸島を占領した。そし
て今は、米国自治領になっているのである。
父の足跡については、教育を受けたチャモロ人からも当時の様子を聞いているの
で、後日ふれていきたいと思っています。

0 件のコメント:

コメントを投稿