60年前には、川でよくカワウソを見かけたものだ。祖父がカワウソの毛皮をなめ
し防寒用首巻にしてくれた。東京から田舎へ帰り、我が家の側を流れる小川や大
川(吉井川)を散策するたびに、それらしき姿を探すのだが見かけることができな
くなった。
ハヤがいた、オンベロがいた、イダがいた、ナマズがいた、浅瀬にはタニシが小
石に吸い付いてた。タニシを拾って帰ると病弱だった母親の滋養汁に珍重された。
裏山の雑木林は、カブトムシ、クワガタ、カミキリムシ、真夏にはセミ捕りの格好の
遊び場になっていた。
今では、長く続いたダム建設反対闘争の末、吉井川は堰き止められ大きな湖に
なってしまった。子供のころ学校から帰ると玄関口にカバンを放り投げて遊んだ川
や里山の風景は一変してしまっている。
今、50年と言われる寿命の末、球磨川の県営ダムの撤去をはじめ、全国のダム
は解体へと向かうものが出てきている。治水のため、発電のため と、手を上げた
のであろうが、今のご時勢になるとなんと無駄なことを必要としたのだろうと思う。
自然、風景は見過ごしてしまえばそれだけのものかも知れないが、あの生き物た
ちを壊滅するような功利性優先のモノ造りが本当に必要だったのかと心底おもう。
小学校校歌は「清き流れの吉井川 鐘が鳴る鳴る呼んでいる 、、、」で歌いはじ
まっていたが、この先少しでも、清流が生きつづけてほしいと思う。
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