埴谷雄高さんは、還暦を過ぎた頃から老いについてしきりに語りはじめるが、
自分は当時まだ高齢者意識が希薄だったのか、なぜそんなに「ボケ」話をする
のだろうと怪訝に思っていたことがある。
ところが自ら80歳半ばにさしかかってくると、急にこれからどれくらい生き
るのだろう実感をともなうようになってきた。
かえりみれば、同世代の同志や仲間たちの多くは鬼籍に入ってしまっている。
死を深掘りして考えてみるものの、なかなか接近して見えてこない。
自然死ではなく、戦争を媒介にする不自然死を凝視する子どもの眼差しこそ、
死に対峙する思考回路になりうるように思える。

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