2022年1月21日金曜日

第一次世界大戦終結と第二次大戦の間①3355

国際連盟ジュネーヴ会議
親父のサイパンを考察するうえで、日本の南洋諸島の植民地支配を歴史的に押
さえる衝動にかられる。

第一次大戦終結後の1920(大正9)年に発足した国際連盟は、欧州に壊滅
的な戦禍をもたらした植民地支配の限界を総括し、新しい国際社会システムの
構築を目指す。
戦勝国の米英仏日伊の大国間には、アメリカや太平洋に広がる旧ドイツ植民地
をめぐる温度差も存在した。仏日伊は旧来の「併合」を望んだが、米国と英国
は連盟が指名した受任国による「委任統治」をもとめた。
(ここにサイパン島が日本の委任統治になる起源がある。)

第一次世界大戦の戦後処理が第二次世界大戦につながる構造で、両大戦間に少
しの休みがあっただけと云う見方がある。日本も第一次世界大戦、シベリア出
兵、満州事変、支那事変、ノモンハン事件、太平洋戦争は、一つの戦争と見た
ほうがいいという説がある。
(⇒後日に続く)

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