まで消息が分からなかった人がいる。
空白が30年ばかり経って駿河台下時代の会社を訪ねてきてくれ再会したが、その
間の経緯や内実を詮索することはしなかった。
ところが、今年の年賀状には、大槌町の海鮮工場に勤務先の関係で出入りがあっ
たことがしたためられていた。この奇縁には、驚きました。
彼に、直ぐに連絡して話してみたい気持に駆られるが、どうも電話、携帯を持たない
仙人のような生活をしているらく、さらに、昨年にはがん治療の知らせをもらってい
仙人のような生活をしているらく、さらに、昨年にはがん治療の知らせをもらってい
るので簡単にはいかない状況です。
「勤めていた会社で岩手県が担当でしたので山田線(JR)は月に二度は乗ってい
ました。佐藤善一先生が町長をしていた町役場をおたずねして、いろいろ話を聞き
ました。(『吉里吉里善兵衛』の作者)
魚屋をやっていた時、工場が大槌にあったのも奇縁です。地震後、北三陸には二
度参りました。岩手は心のふるさとです。~抗癌剤の薬害から、手足が不自由にな
り、自律神経失調症に苦しんでいます。」と。
(←ブログ2013・4・17 「赤浜から吉里吉里地区へ」)
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