2013年5月4日土曜日

座談会 3

コンチャン(中央)右端・井家上氏


A Hsは、Hちゃんが「迷惑をかけるかもしれないが、広い人脈があって客寄せに
  優れている友人を紹介するよ」と言って連れてきた。一緒に来たのが3回目の
  春だったかな。
O とにかく、彼の黒皮の手帳は、名前ばっかですごかったよナ。
H 彼については、Hyさんが日本共産党時代からの深い付き合いだった。 
  (ここで、遅れてT登場)
A 他に、最初から来店していた芸大建築グループで平瀬等がいる。テニスの後、
  の 飛込みの来店だった。その後に永田、、、。
H 芸大グループは、その後、学部を超えて横断・縦断的に一大勢力に
  なったよう思うのですが、この座談にキーマンを呼んで加わってもらいましょ
  うか。
  では、Tさんのでん八とのキッカケをお話ください。
  (古い写真を廻し見しながら、会社のソームとソープ嬢を混同しながら話が盛り
  上がる。)
T 雑司が谷に住んでいて、新宿で飲み食いし、明治通りが通い道(トロリーバス)
  だった。帰宅途中、新田裏の屋台で、アシベ裏路地に「でん八」の開店情報を
  知って行った。
  行ったら、アシベに出ていた園まりとか伊東ゆかり、ジャッキー吉川らが飯を
  食いに来ていた。
  でん八の思い出を話すと切がないが、此処が生きがい、活きている原点だろう
  ね。
  (一しきり、河出書房入社から、倉庫の本整理の苦労話を、エピソードを交えて
  笑いとばす。)
O Tさんもそうだが、でん八の流れでよく行った店が「どじょうや・信濃屋」だった。
T どじょうやの娘が評判だったナー。日本酒の勢いで冷泡盛を初めて飲んで腰を
  抜かしたよ!飲み方を知らなかったもんで。
O でん八の板さんの昆ちゃんと、土曜日は御苑前の「デッグ」でマージャン、ポー
  カーをよくやったよ。
M 大村昆に似ていたからコンちゃんと呼称していたが、本名は?
A 酒井。長崎出身で、屋台の客の紹介で雇用した。
  コンスケは料理の手は早いが、雑だった。8年ぐらいいて、その後小林(現、真
  鶴在)。
  (花街/カオス化の屋台物語/7台/場所作り/1965年完全に閉める~。)
H でん八の客は、職種別、大学別などのグループや一匹狼みたいな無頼が集うて
  いたが、二次、三次の梯子先は何処だったの?




 

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